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2017/05/22

やっとわかってきた

強迫観念のように、

「何事も早くやること」を是としてきたこれまでの人生。

それは間違いであるということがやっとわかってきた。
すると、いろんなことが
「ユックリとできる」
ようになってきました。
酒を飲むことすらも。いまはユックリ。
かつてはなにかに追われるように飲んでいた。
(きっと追われていたんだ)
追われる身とはつらいもの。
ほっとする間もなく何かを終えると次の何かにとりかかっていた。
いや。ひとつのことを成し遂げる前から、次の何かにとりかかってないと不安だった。
あの状態は、何だったのだろう。
そういう人は、まだこの世に多い筈だ。
しかしこういうことは、他人が何を言おうがダメである。
自ら気が付かないと、人間、方向転換できないのだ。

2016/10/26

ミャンマーの少年僧

ミャンマーには少年僧がうじゃうじゃいる。とにかく、たくさんいるのである。犬も歩けば少年僧に当たる、という程だ。

朝、この少年僧たちがぞろぞろぞろぞろと街を歩く。托鉢である。街の人たちからめしをもらう。その日のめしである。こうして彼らは生きていく。

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ミャンマーの人たちはたいてい熱心な、というか敬虔な仏教徒なのでこの習慣を疑うことなく受け入れている。前日から托鉢用にご飯とおかずを準備して、少年僧たちを拝みながらそれを与える。与える方は功徳を積むことになるから、貰う方は「これ当然」という顔で受け取っている。頭も下げない。ただただお経を唱え続けるのみである。

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『これはきっと口減らしなんだろうな』

見ていてそう思う。たぶん、一人っ子は僧にはならない。子だくさんの家の兄弟の下の方が寺に預けられ、少年僧になるのだきっと。おそらくミャンマーには避妊も中絶もないのだろう。殺生を禁ずる仏教の教えからしてそれも当然だ。

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よくできたシステムというか、生活の知恵である。昔から人類は「多すぎる人口」と戦ってきたのだ、きっと。集団生活をすることで様々な脅威から身を守ってきた私たちの祖先だが、時として人口が増えすぎることが悩みの種となる。ミャンマーでは仏教がこの問題を解決してきたといえるのではなかろうか。出家したら、結婚もしないだろうし、きっと。人口増はますます抑制される訳である。

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それにしてもーー

少年僧になれば、とりあえず飢えることはない。寝る場所も確保される。しかしその他の問題、つまり性欲処理などはどうなされているのだろう。そこが気になるといえば気になる。

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2016/09/27

マサチューセッツの秋

秋はいきなりやってきた。

と、いうか季節が夏から秋に変化する狭間にここを訪れた感じだ。
滞在中、二、三日で木々の葉っぱが見事に色づいていった。面白いなあ。
アメリカ、マサチューセッツ州レキシントンとコンコード。
アメリカ独立戦争はここで始まったといっていい。全米中から多くのお年寄りが訪れる。
これほど多くのアメリカ人の年寄りを見たのは初めてだ。
歴史は浅い国なのだが歴史が大事にされている。
アメリカも、めしはまずいが悪くないな、と思う。
あれほど来る前はいやだな、と思っていたのに。
何事にも人は慣れてしまうものだ(僕だけかな)。
この場所に来られたこと。そしてこの場所を日本に紹介できること。
その幸運に感謝しよう。

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2016/08/20

LAX

メキシコシティにいたら、突然、東京に帰らなくてはならない事情が発生した。

これが一筋縄ではいかない。直行便はないので、乗り継ぎのウェイティング時間を含めると最低33時間ぐらいはかかってしまう。(時差やら、日付変更線を含めて)
久々のLAX(ロサンジェルス)乗り換えである。
航空券を見ると、待ち時間が12時間もあるのでLAXの空港ホテルをリザーブすることにした。
カネはこういう時に使えばいいのだ。これがアエロメヒコのラウンジでインターネットを使ってできてしまう。
便利な時代になったものだ。
テレックスしかなかった時代から海外に出かけている身としては、感無量である。

2016/06/15

まるでドラマのような

これ程長い間旅を続けていると、

(まるで映画かドラマのような……)
というシチュエーションに出くわすことがある。それほどしょっちゅうある訳ではない。たまにである。
先日タイに行った時、そういう状況に出くわした。それは、
「航空機内で急病人が発生する」
というシチュエーションだった。乗っていたのはタイ国内便を中心に運航している「ノックエア」。ミャンマー国境の町メソットに行った帰りの便だった。

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急病人は、通路を挟んで僕の斜め前に座っていた若い男性である。窓際の席の人だった。突然、けいれんを起こしてのけぞったのだ。僕はその瞬間を目撃していない。ついうとうと眠りに落ちてしまっていたから。この頃、飛行機に乗るとすとんと、条件反射のように眠りに落ちるのである。それはさておき。
焦ったのは隣の席の、やはり若い男だった。かなり恰幅のいい人である。ヘッドホンで、どうやら音楽を聴いているところだった。もうそれどころではない。隣の男が激しくけいれんをしているのである。パニック寸前になった彼はシートから腰を浮かしどこかに避難しようとしている。無理もない。僕だってそうするだろう。幸か不幸か、僕の座っていた席は最後尾で、急病人の出た席はその前、後ろから数えて二番目の席である。すぐに後ろのカーテンが開いてキャビンアテンダントが顔を出した。若いタイ人の女性である。この人がなかなか落ち着いていた。
急病人の男は、どうやらてんかんの発作を起こしたらしかった。それと見てとったキャビンアテンダントは急病人の口の中に何か棒状のものを突っ込んだ。これは舌を噛み切るのを防止するためである。そして一歩下がり、機内アナウンスを使い乗客に呼びかける。
「お客様の中でドクター、或いは医療関係にお勤めの方はいらっしゃいませんか? 後方座席で急病人が発生しています」
タイ語だったから、たぶんそんなことを言ったのだと思う。それはまさに映画やドラマでよく見かけるシーンだ。
すかさず二人の乗客が立ち上がった。一人はでっぷりと肥えた初老の紳士、彼はおそらくドクターであろう。そしてもう一人は若い女性だった。医大生か何かに見える。二人は早速急病人のいる後方座席に向かい、応急処置を開始した。問診をして、キャビンアテンダントには酸素吸入の準備をするよう命ずる。初老の医師がリーダーシップをとり、若い女医学生(と勝手に決めた)がサポートするという形で。
ところがここで第二の問題が発生する。なんと、言葉が通じないのだ。急病人はどうやらミャンマー人だったのである。
普通のタイ人は、ミャンマー語を解さない。まあ、日本人が韓国語がわからないのと同じように。隣の国でありながら。
すると今度は、かの優秀なキャビンアテンダントがふたたびマイクに走った。そして言った。
「お客様の中で、ミャンマー語がわかる人はいらっしゃいませんか?」
するとまた二人の乗客が立ち上がって手を上げた。二人とも若い男性だった。急病人の座席近くまで来て、合掌し医師とキャビンアテンダントに挨拶する。
こうして、ミャンマー語の通訳を介し、治療が再開された。
ちょっぴり感動した。名乗り出た人たちは、全く躊躇しなかった。決断は秒殺であった。そしてあたりまえのように、自分のやるべきことをした。
病人は助かった。バンコクの空港に飛行機が着陸すると、空港の救急医療チームが乗りこんできて、彼はストレッチャーに乗せられ、救急車で搬送されていった。ミャンマー語の通訳として名乗り出たうちの、一人の乗客が付き添った。
こうしてドラマは幕を閉じた。医師も、医大生も、何事もなかったかのように飛行機を降りていった。
この、僕の目の前で展開された一連の出来事、それが何を意味するのか今はよくわからない。将来、ある日突然、
(あ、あれはこういうことだったんだ)
と気付くような気がする。
いずれにせよ僕がその席に座らなければ、そしてその便に乗り合わせなければ、更にいうならタイに出かけなければ目撃できなかった出来事である。やはり、何かのお導きか。神様がいるならば、そういう存在の。
自分のなすべきことを、あたりまえのようにやる。ただ単にそこに居合わせたから、それだけの理由で。
そのことに感動したのだ、きっと。

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